テキサス州
テキサス州 (Texas) は、アメリカ合衆国の州のひとつ。略称はTX。合衆国本土南部にあり、メキシコと国境を接している。
人口はカリフォルニア州、面積はアラスカ州に次いでに全米第二位の州である。「テキサス」は、インディアン部族のハシーナイ連合(カドー族)のカドー語で「友人」または「同盟者」を意味する「テイシャ(Teja=táyshaʔ)に由来する。テキサス共和国時代から使用されている、白い星を一つあしらった州旗からローン・スター・ステイト(Lone Star State)とも呼ばれる。死刑執行が最も盛んな州である。
歴史
先コロンブス期のこの地にはインディアンの諸部族が居住していたが、1492年にアメリカ大陸がクリストファー・コロンブスによって「発見」されると、テキサスもヨーロッパ人によって征服された。
16世紀以来、スペイン帝国領ヌエバ・エスパーニャ副王領(「新しいスペイン」)に属し、1821年メキシコがスペインから独立すると、メキシコ領コアウイラ・イ・テハス州の一部となった。メキシコ政府はこの地方の開発を進めるため、アメリカ合衆国人移民を認め、アメリカ合衆国人人口が増加したテハス各地でのアメリカ合衆国人入植者たちの発展が進むにつれてアメリカ合衆国人入植者とメキシコ政府との摩擦が起り、その為1830年にメキシコ政府はアメリカ合衆国人入植者がアメリカからテキサスへ来るのを禁止した。
奴隷制を認めないなどの、メキシコの政策に不満を感じたアメリカ合衆国人入植者たちはテキサス革命を決心し、1835年にメキシコからの分離を目指して反乱を起こし、1836年にテキサス共和国として一方的に独立を宣言した。同年メキシコ軍の進軍によりアメリカ合衆国人入植者がたてこもっていたサンアントニオのアラモ伝道所の砦が陥落し、守備隊は全滅した(アラモの戦い)。テキサス独立軍は「アラモを忘れるな」("Remember the Alamo")を合言葉に、メキシコ軍と対峙、メキシコのカウディージョ アントニオ・ロペス・デ・サンタ・アナ将軍率いるメキシコ軍をサン・ハシントの戦いで撃破した。司令官のサンタ・アナが捕らえられたため、メキシコは止むを得ずテキサス共和国の成立を認めた。
テキサスの独立後、アングロ・サクソンが主導権を握ったテキサス共和国ではメキシコ政府が廃止した黒人奴隷制が復活した。
1845年にテキサスはアメリカ合衆国の28番目の州として併合されたため、翌1846年テキサスを併合されたメキシコがアメリカに宣戦し米墨戦争が起こる。米墨戦争はアメリカ合衆国優位に進み、1848年アメリカ合衆国はメキシコを破った。この戦争によってメキシコは領土の半分を失い、アメリカ合衆国は現カリフォルニア州、現アリゾナ州などの現南西部をメキシコから得た。
1861年の南北戦争ではアメリカ南部連合に属し、戦後1870年に合衆国への復帰が認められた。
地理
テキサス州は西部でニューメキシコ州、北部はレッド川を挟んでオクラホマ州に、及び東部はサビン川を挟んでルイジアナ州、およびアーカンソー州に接している。リオ・グランデ川を超えた、南西部において、テキサス州はチワワ、コアウイラ、ヌエボレオン、及びタマウリパスのメキシコの州と接している。テキサス州の南東部においてはメキシコ湾が展開し、バイユーの流れる湿地が多い。最高地点は、州西部のグアダルーペ山脈国立公園内にある標高2,667mのグアダルーペ峰。北西部にはラノ・エスタカドと呼ばれる平原が広がる。
国立公園、州立公園、その他の保護区には、以下のようなものがある。西部の他州に比べ、公有地の面積比率が低い。
- ビッグ・ベンド国立公園
- グアダルーペ山脈国立公園
- アラモ伝道所(アメリカ国定歴史建造物)
- パロ・アルト戦場国立史跡
気候
東部は温暖湿潤気候(ケッペンの気候区分:Cfa)、西部はステップ気候(北部はBSk、南西部はBSh)。南西部にチワワ砂漠の北東部が含まれる。州南部では亜熱帯性の気候が見られる。複数の気候区が交っているため、動植物相は多様である。乾燥した西部では、湿地や河川、泉に生息する動植物の中に絶滅危惧種が多い。英語版のWikipedia「テキサス州の気候」によれば、竜巻の年間発生数は、平均124個で全米で最も多い。