ヒューストン

Posted on April 2th, 2011 by Someone

アメリカ合衆国テキサス州南東部に位置するの港市・工業都市で、NASAの宇宙飛行管制センターがある。1,953,631人(2000年国勢調査)の人口を抱えるテキサス州最大、全米南部屈指のグローバル都市である。日本を含む世界86ヶ国が領事館を置く。市域面積は1,500km²におよび、市郡一体の自治体を除くとオクラホマシティに次ぐ全米第2の広さである。1836年8月30日にオーガストゥス・チャップマン、ジョン・カービーのアレン兄弟によってバッファロー・バイユーの河岸に創設された。市名は当時のテキサス共和国大統領で、サンジャシントの戦いで指揮を執った将軍、サミュエル・ヒューストンから名を取って付けられた。翌1837年6月5日、ヒューストンは正式に市制施行された。

フォーチュン500に入る企業の本社数がニューヨークに次いで多いヒューストンは、テキサス州のみならず、アメリカ合衆国南部のメキシコ湾岸地域における経済・産業の中枢である。

全米最大級の貿易港ヒューストン港を前面に、コンチネンタル航空のハブ空港であるジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル空港を空の玄関口とする、交通の要衝でもある。

ダウンタウンの南側には10以上の博物館・美術館が建ち並び、年間700万人の訪問者を呼び寄せるミュージアム・ディストリクトがある。ミュージアム・ディストリクトに隣接するエリアには、全米の総合大学の中で常にトップ25位以内の高評価を受けている名門私立大学、ライス大学のキャンパスが広がっている。一方、ダウンタウンの中心部に位置するシアター・ディストリクトはヒューストンにおける演技芸術の中心地で、演劇のみならず、オペラ、オーケストラ、バレエなど多彩な演技芸術の公演が行われている。

テキサス州

Posted on August 29th, 2009 by Someone

テキサス州 (Texas) は、アメリカ合衆国の州のひとつ。略称はTX。合衆国本土南部にあり、メキシコと国境を接している。

人口はカリフォルニア州、面積はアラスカ州に次いでに全米第二位の州である。「テキサス」は、インディアン部族のハシーナイ連合(カドー族)のカドー語で「友人」または「同盟者」を意味する「テイシャ(Teja=táyshaʔ)に由来する。テキサス共和国時代から使用されている、白い星を一つあしらった州旗からローン・スター・ステイト(Lone Star State)とも呼ばれる。死刑執行が最も盛んな州である。

歴史

先コロンブス期のこの地にはインディアンの諸部族が居住していたが、1492年にアメリカ大陸がクリストファー・コロンブスによって「発見」されると、テキサスもヨーロッパ人によって征服された。

16世紀以来、スペイン帝国領ヌエバ・エスパーニャ副王領(「新しいスペイン」)に属し、1821年メキシコがスペインから独立すると、メキシコ領コアウイラ・イ・テハス州の一部となった。メキシコ政府はこの地方の開発を進めるため、アメリカ合衆国人移民を認め、アメリカ合衆国人人口が増加したテハス各地でのアメリカ合衆国人入植者たちの発展が進むにつれてアメリカ合衆国人入植者とメキシコ政府との摩擦が起り、その為1830年にメキシコ政府はアメリカ合衆国人入植者がアメリカからテキサスへ来るのを禁止した。

奴隷制を認めないなどの、メキシコの政策に不満を感じたアメリカ合衆国人入植者たちはテキサス革命を決心し、1835年にメキシコからの分離を目指して反乱を起こし、1836年にテキサス共和国として一方的に独立を宣言した。同年メキシコ軍の進軍によりアメリカ合衆国人入植者がたてこもっていたサンアントニオのアラモ伝道所の砦が陥落し、守備隊は全滅した(アラモの戦い)。テキサス独立軍は「アラモを忘れるな」("Remember the Alamo")を合言葉に、メキシコ軍と対峙、メキシコのカウディージョ アントニオ・ロペス・デ・サンタ・アナ将軍率いるメキシコ軍をサン・ハシントの戦いで撃破した。司令官のサンタ・アナが捕らえられたため、メキシコは止むを得ずテキサス共和国の成立を認めた。

テキサスの独立後、アングロ・サクソンが主導権を握ったテキサス共和国ではメキシコ政府が廃止した黒人奴隷制が復活した。

1845年にテキサスはアメリカ合衆国の28番目の州として併合されたため、翌1846年テキサスを併合されたメキシコがアメリカに宣戦し米墨戦争が起こる。米墨戦争はアメリカ合衆国優位に進み、1848年アメリカ合衆国はメキシコを破った。この戦争によってメキシコは領土の半分を失い、アメリカ合衆国は現カリフォルニア州、現アリゾナ州などの現南西部をメキシコから得た。

1861年の南北戦争ではアメリカ南部連合に属し、戦後1870年に合衆国への復帰が認められた。

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地理

テキサス州は西部でニューメキシコ州、北部はレッド川を挟んでオクラホマ州に、及び東部はサビン川を挟んでルイジアナ州、およびアーカンソー州に接している。リオ・グランデ川を超えた、南西部において、テキサス州はチワワ、コアウイラ、ヌエボレオン、及びタマウリパスのメキシコの州と接している。テキサス州の南東部においてはメキシコ湾が展開し、バイユーの流れる湿地が多い。最高地点は、州西部のグアダルーペ山脈国立公園内にある標高2,667mのグアダルーペ峰。北西部にはラノ・エスタカドと呼ばれる平原が広がる。

国立公園、州立公園、その他の保護区には、以下のようなものがある。西部の他州に比べ、公有地の面積比率が低い。

  • ビッグ・ベンド国立公園
  • グアダルーペ山脈国立公園
  • アラモ伝道所(アメリカ国定歴史建造物)
  • パロ・アルト戦場国立史跡

気候

東部は温暖湿潤気候(ケッペンの気候区分:Cfa)、西部はステップ気候(北部はBSk、南西部はBSh)。南西部にチワワ砂漠の北東部が含まれる。州南部では亜熱帯性の気候が見られる。複数の気候区が交っているため、動植物相は多様である。乾燥した西部では、湿地や河川、泉に生息する動植物の中に絶滅危惧種が多い。英語版のWikipedia「テキサス州の気候」によれば、竜巻の年間発生数は、平均124個で全米で最も多い。

ロック (Rock)

Posted on August 29th, 2009 by Someone

ロック (Rock) は、アメリカで1950年代に黒人音楽と白人音楽の融合により生まれたポピュラー音楽のジャンルである。ジャズ、R&Bと共に世界中に広まったアメリカ発の音楽であり、世界中の音楽シーンに衝撃を与えただけでなく、その影響はポップカルチャー全体に及び、その社会的インパクトは極めて強かった。

概観

演奏・音楽形態
いわゆるロックバンドスタイルで演奏される。すなわち、ボーカル、ギター、ベース、ドラムを基本構成とし、この構成にプラスして、キーボード、ピアノなどの鍵盤楽器が加えられる。ヴァイオリン・コントラバスのようなもっぱらクラシック音楽で用いられる楽器を加えることもある。また、主に1980年代以降のロックにおいてはシンセサイザーやコンピュータサウンドを併奏させることもある。稀な例外を除き、8ビート、2ビートか、或いは16ビートで演奏される音楽である。激しいビートサウンドが特徴であるが、今日でも様々な演奏様式を取り入れながら発展し続けており、この範疇に入らないロックも増えている。いずれにせよ多くは4分の4拍子の範疇であり、おおむね1曲あたり3分から5分の演奏時間となり、シングルCDやインターネットで商業的に1曲ごとに切り売りされる。
文化的特性
一部のロックは既成概念や体制に対する反抗心や怒りを強く表現することが多く、対抗文化(カウンターカルチャー)としての存在意義を持つ。ただし、当初はアウトローな存在として登場した一部のロックのムーブメントも、やがて人気を得るにつれて大衆性を強めて逆にメインストリームとなり、さらにそれに対する新たな対抗文化=新たなるロックジャンルが生まれる、という流れを表面上では何度も繰り返している感がある(そもそもロックはその勃興において、既存のジャズやクラシックに対する若者に訴求しやすい新たな対抗音楽文化として生誕しているという側面もある)。しかしながら、例えば「A」というロックジャンルに対する対抗ジャンル「B」も大枠で見て同様に「ロック」であるため、この項で扱われるロックの概念に逸脱するような本質的な差異には当たらない。ロックミュージシャンのことをしばしば「ロッカー(Rocker)」と呼ぶ。ただし、かしこまった感が強い用語なので、NMEなどの有力媒体を始めとして、近年ではこの言葉が扱われることは少なくなっている。一部では、演奏家やファンの生き方や精神性の部分に「ロック」の定義を求めるような意見や論調もある。
呼称について
ロックという言葉はロックンロール(Rock and RollあるいはRock'n'Roll)の略語として、その黎明期からしばしば用いられていたが、1960年代には逆にロックという呼び方が一般化し、ロックンロールと呼ぶことは少なくなった。イギリスやアメリカでは現在も、かしこまった言い方としてロックンロールという言葉が用いられることもある。一方で「ロックンロール」と「ロック」は別のものとして捉えられることもある。この概念においては、1960年代サウンドが進化してその枠を壊し、新たなサウンドの多くが生まれ、それらのサウンドの総称として「ロック」という言葉が使われている。これは「ロックンロール」は多様化してきた「ロック」の中の一つのジャンルである、という捉え方だと言える。